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都会は飛行機が飛んでいる

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商店街が祭りの装いに変わって、今年も夏が来たんだと認識する。この街に来て3年目、やっとそういうリズムがわたしにも沁みてきた。 この地域のことを何も知らないまま住み始めたので、1年目に想像よりデカい祭りがワイワイとしていて人でごった返すことを知り、2年目は怖いもの見たさに人混みに紛れ込んだ。交通整理のやかましさと立ち並ぶビルにかき消される花火を垣間見ながら、人をかき分けて道を進む祭りは初めての体験で、地元の学校の校庭でこぢんまりと屋台が立ち並ぶささやかな夏祭りが少し恋しくなった。 地元に住んでいたときは、数えるほどしか夏祭りには行かなかった。母は人混みが苦手なので、ほとんど車の通らない田んぼ道の真ん中に車を停めて、遠くにあがる花火を見た。屋台でなにかを買うくらいなら家でご飯を食べるタイプの家で、買い食いを楽しんだこともほとんどなかった。縁日の賑わいとは程遠く、音の遅れた小さな花火を見る。それがわたしの夏だった。高校生のとき、部活の仲間と夏祭りに行ったときは、母が浴衣を着せて髪も結ってくれた。自分は行きたがらないくせに、子供のそういうのは嬉しかったのかもしれない、と今なら思う。 過去の反動のせいか、祭りの屋台が好きだ。なんでもない唐揚げやポテトも欲しくなって、つい買ってしまう。以前住んでいた街は、祭りでなくてもなにかと屋台が出ていたので、突然現れる非日常に嬉しくなった。大きな街は屋台がたくさんあって楽しい。 今年の祭りは土日に重なる、ということにもう気付いていて、休みの日なら人混みに負けずに花火を見に行こうかと悩み中。わたしはまだ青春が足りなくて、この歳になってもあのときの寂しさを埋めている。 昨日は駅へと歩きながら、頭上を過ぎていく飛行機を眺めた。都会は意外と飛行機が飛んでいる。空港の関係なのか、低めに飛ぶ大きな飛行機を目にする機会が増えた。この前東京の街を歩いていたときも、ごーっと音がすると思ったら比較的低めに飛んでいく飛行機がいて、都会の共通項なのかと思ったりした。田舎だと、飛行機雲でしか存在を確認できないような距離を飛んでいくから、こんなに間近を過ぎていくことにいまだに驚いている。わたしは今でも飛行機が過ぎるとカメラを構えたくなるけど、行き交う人は誰もそんなことをしていなくて、これはただの日常なんだと言われている気がする。 先日東京に行った時は朝の通勤ラッシュに...

じぶんのかたち

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なんだか先週の疲れが取れなくて、眠って眠って眠った休日だった。眠いというより、なにも考えなくするために強制シャットダウンしている節がある。 久しぶりにカラオケに行った。もう半年以上は行ってない気がする。元々歌が上手いわけではないが、期間が空くと全然歌えなくなっているのを実感してもどかしくなった。以前は家でも何か歌ったりしていた気がするが、今の家に住んでからは近所迷惑が気になって意識的に歌わなくなった(前の家でも迷惑だっただろうが)。最近良く聞く曲を流しても、初めて歌詞を声で追うとついていけなくなって、徒競走で足が絡まる父兄のようだった。気休めに、昔よく歌っていた相対性理論を入れると案外体が覚えていた。反復練習した甲斐が今もまだ残っていたらしい。歌って、1番身近な音楽の触れ方だと思っている。だから、歌が上手いならその方が人生楽しい気がしている。いつかボイトレに行ってみたい、人並みの歌唱力になるために。 先日、初めてのアイドルさんのライブに行って、初めての特典会に参加した。最近は顔馴染みの推したちに会うことばかりだったので、初めてって何を喋ったらいいのか戸惑って、ちょっと間違ったことも口走った気がする。名前を聞いてくれて、呼んでくれる。初めてって久しぶりで、むずむずした。 ライブ中はステージより観客が気になって、以前通っていた現場とは違う応援の仕方にうまく馴染めない。マサイ、というか推しジャンというやつなのか。周りに溶け込んでMIXを打つあの空気はもう無くて、かといってこの現場のように小ぶりにペンライトを振る仕草もできなくて、昔みたいなモチベで走ることはできないんだなあと少し思う。それでも、ライブを見に行きたいと思える音楽に出会えるのは嬉しい。 メンバーが特典会で名前を呼んでくれたとき、自然と"さん付け"されていることに自分の年齢を感じた。そりゃ、10も下の女の子なのだから、それが普通のことなのだ。私生活も含めてさん付けで呼ばれることが増えて、じぶんのかたちが少しずつ大人びていくのを実感する。これから先、そうやってしか関係性を始められないのかと思うと少しぞっとした。これを早く受け入れなければならないのだ、きっと。 (水の写真を撮るのが好きだ)

ブロックする勇気がない

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LINEの通知の数を見て、今月も1日を迎えたんだと思い出す。公式アカウントたちから、せっせとお知らせが送られてくる。連絡を取る友人より公式アカウントの方がはるかに多い。ブロックしてしまうとまたお店に行ったときにブロックしてるのがバレてしまうんじゃないかと思って、ずるずると友達が増えている。会員証がLINEに紐付いてるのも悪い。でも確かに便利な気がして、LINEの会員証が増えていく。わたしのためでないメッセージばかりで、なんだか疲れる。連絡用というよりSNSのタイムラインに近くなっているのかもしれない。既読にだけして、非表示にスワイプ。届いたクーポンを使うことはほとんど無い。ひとつだけ、以前住んでいた街の飲食店のアカウントをブロックした。いつか行くかもしれないと思っていたけど、いや思ってはいるけど、こういう未練が良くないのかもしれない。さようなら、いつか会う日まで。 そんなこんなで7月というのも信じがたい。7月って、もっと暑くて、でも爽やかで、きらきらしてるんじゃないのか。かき氷の、溶けかけた水が光ってるみたいな。ぬるっと迎えたこの季節に、もっとときめきたいかもしれない。夏の予定が無いから、ひとつくらい旅行の計画をした方がいいかもしれない。ぬめぬめしている、全体的に、心も。 思い返したこの半年は特になにもやれてない気がしつつ、毎日の記憶はあるからやっかいだ。あっという間だったけど、ちゃんと生活をしていた。歳のせいで忘れちゃったよ、と笑えた方がいっそ清々しい。 今月もしいたけ占いが更新されたので、スクロールする。うんうん、そうだね、刺激がほしい。だから文フリにまた申し込んでしまったのだ。新刊は作りたい。かわいく、とっておきのものにしたい。ブログ本は間に合わない気がするから、前回の本を増刷しようか。いろいろ考えているときが1番楽しい。 ずっと楽しくありたい。世の中に抗って、わたしはいつまでことばを書けるのでしょうか。 (観覧車ってなんかすき。見るのは。)

視界

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メガネを新調した。普段はコンタクトなのであまりメガネを使う機会がなく、メガネ屋さんってなんかちょっと入りづらくてなあ…と思ってたら、前買ってから10年過ぎていた。よく一度も壊れずに、10年持ったものだ。 久しぶりに入ったメガネ屋さんは、かなりてきぱきと案内された。初手視力検査には驚いたが、こちらも買うつもりだしいいかと腹を括れた。メガネ屋さんの苦手なところは、フレームをかけたり外したりして試す時間に居た堪れなくなることだったが、歳を重ねたせいか気にせず試着する度胸がついていた。自分に似合うフレームがわからないので相談したら、ちゃんと教えてもらえたのもよかった。たぶん接客してくれたお姉さんがかなりいい人で、短時間なのにすべて完璧だった。手に入れたメガネはかなり見やすくて、コンタクトをするより見やすい。もはや普段からメガネにしたいくらいだ。職場にメガネをしていったら驚かれるのかなあと思いながら、まだその勇気はない。 わたしは人にエネルギーを貰う方が前を向けるのかもしれない。久々に推しのイベントへ行って思ったことだった。 自走するには気力と体力が足りないなと社会人になってから気付いた。どちらかと言えば先に体力が尽きてしまうので気力で頑張り続けることになるのだが、そもそも気力も無いのですべての力が果ててしまう。最近は体力を一定の防衛ラインで維持できるように気をつけているが、気力の維持って難しい。 そういうときに推しの表現を見ると、エネルギーをもらえる。確実に、+αの気力にもなっている。何かしらの後ろめたさが迫ってくる日もあるけど、推しを改めて尊敬して、また会いに行こうと思うのだった。 最近読んだもの 太陽よりも眩しい星 14巻 大事にしたいから離れることってあるかも。そういうことならきっとわたしもわかる。 多聞くん今どっち!? 16巻 思うことが多すぎる…神巻…昼休憩に読むんじゃなかった…。 紅白を見守るE/YES、めちゃくちゃにかっこよくやりきるF/ACE。見守り勢があったかすぎて、その姿に涙。F/ACEに絆が生まれつつあるのも、それを多聞くんがかたちにしようとしているのも、ありがたすぎる。わたしも、好きなアーティストが初めて大きな音楽番組に出るとき、テレビに張り付いて、緊張して、応援していたなあ。頑張ってくれって願ってた。 うたげの信頼が増していくのもとてもわかる。でも...

ごはんの本を買う

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飲食店が特集されているムック本を買った。美味しいそうなごはんを見ているのは楽しい、実際には行かなくても。 こういうごはんの本を買うようになったのは、都会に住んだからだと思う。都会には、1冊の本にできるくらいたくさんのお店がある。もう少し田舎に住んでいると、そういった本があったとしてもエリアが広範囲で、結局行けそうな場所のお店は無かったりする。だから、今まではお店特集の本が目に入ってこなかったのだ。都会に住むと情報量が多くなる。選べる状況にあることはなんと豊かなのか。そしてまた、ギャップに寂しくなったりする。 最近、アイドルを好きな気持ちがちょっとずつ湧いてきてうれしい。好きな楽曲のアイドルに出会えたからだ。今月は、初めて見るアイドルのライブに行く。ファン層があまりわからないので、ちょっと緊張する。 見るアイドルの年齢がだんだんと離れていくから、曲を楽しんでるという免罪符が無いと見に行くのはちょっと難しいかもしれないという気持ちになっている。そんな気持ちが正しいとも思わないし、なにが正しいのかわからない。でも新しいものにワクワクする気持ちはやっぱりなにより嬉しい。 最近読んだもの ボクラノキセキ 34巻 毎回いいところで終わりすぎ…また次待つのが遠いよ…。 ウチの万李がお世話になります 試し読みしたらテンポ良くてつい続きを購入。あまりタイトルにピンときてなかったけど、本編読んで理解した。 扉絵があまり本編と関係なくてキメキメなのも見てて楽しい。 (暑いからおうちで撮る)

夢って

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夢って、言葉にした方が叶うらしいし、わたしもそう思う。じゃあ夢ってなんだっけ、って思ったら、あまりにも何もなくてびっくりした。 人生で最初の夢はピアニストだったと思う。小学校低学年の頃に将来の夢の話になって、当時ピアノを習っていたのでそう言った気がする。確かにそれなりに弾けて楽しかったが、ピアニストになりたいかというと別に全然なりたくなかったと思う。 小学校の卒業文集には漫画家と書いた。当時もう既にどっぷりと漫画の魅力に浸かっていたので、自然の成り行きだと思う。これはけっこう本気でなりたかったし(技術が足りずに諦めるのだが)、その名残で140字小説を書き始めた。 140字小説を書き始めてからは、140字小説でいちばんになるんだ!とかなり本気で思っていた。というのも、#140字小説というタグを見て書き始めたわけではなく、自分でタグを作ったらいいんだと思って投稿し始めたからだった。(とはいえ先に数ツイートあったので、最初の人間ですとは言えないのだけど。)今はもういちばんになれるとは思わないけれど、この枠の中で遊ぶのは楽しいし向いてると思う。わたしの書くものが好きと思ってくれる人へ届いたら嬉しいかもしれない。 SNSを始めてしばらくしてから写真に写るようになって、顔を見せずに写る方法がしっくりきて嬉しかった。なんでこんな風にやろうと思ったのか覚えていない。でも顔を出して写る選択肢は最初から無かった気がする。撮ってくれる人を見つけるのは難しいけれど、自分で撮ればそれもひとつの方法になって、まだ試行錯誤してみたいと思える。 この140字小説と写真に関しては、今もずっと心の拠り所にしている。夢というには切なくて、大事すぎる。でもいちばん夢に近いのはこのふたつかもしれない。 きっと最初は有名になりたかったし、そうしてミスiDにも出た。でもそれよりも自分の書きたい/ありたいものが大事なんだと思えて今に至る。何かを曲げるくらいなら、自分の大事な姿であり続けたい。 多分もっとリアルな、仕事を頑張るとか長生きするとか、そういうものを夢にしたらいいのにねと何度も何度も思って、そんなものを目指すくらいなら早くいなくなってしまいたいと、何かがずうっと脳の奥で叫んでいる。叫んでいるから、まだ許されるなら"雨谷 映"でいたい。これも夢? 最近読んだもの 海が走るエンドロール あ...

わたしの好きなもの

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仕事用にと思って秋に買ったまま一度も着ていなかったシャツに袖を通した。ちょっと薄くててろっとした素材が冬には心許無く、そのシャツに合う色のカーディガンが手持ちに無かったので、なんとなく着られずにいた。暖かくなって、この薄さは今かもしれないと思い羽織ってみたら、思いの外しっくりきた。 仕事の合間に化粧室で鏡を見て、胸元をさする。比翼仕立てになっていることに気付く。無意識に比翼のシャツを選びがちだった、と久しぶりに思い出した。 なぜかわからないがシャツというものがかなり好きで、クローゼットにはシャツばかりが並んでいる。とりわけ比翼仕立てが好きで、白シャツの比翼仕立てが欲しくて欲しくて探し回ったあげくにたどり着いたのがfoufouだった。(のちにfoufouはシャツよりスカートやワンピースの魅力に取り憑かれることになる。)比翼仕立てはボタンが隠れていることで妙な安心感を得ている。奥ゆかしさを感じているのかもしれない。 好きな色は白と水色。仕事にはだいたい紺のスーツに水色のシャツを着ているので、そういう人と思われていると思う。(一度くらい、突然ピンクの服を着て驚かせてみたい気持ちもある。)白色って学生服みたいになってしまって難しいけれど、似合うのも気持ちが上がるのも白色にしか無いものだと思う。緑色の服にも興味はあるが、色味によって全然似合わない場合があって、ネットで買っては失敗している。 総じて、好きなものが白色のシャツワンピースということになる。自分にとっての制服のようなものだ。何着か手元にあるが、リアルに着るのはちょっとハードルが高い。着なくても、手元にこれがあると思うことで心を保っている。やっぱりfoufouのワンピースのかたちが素敵で、白色にしかない美しさがあるから、いつかまた販売されるようにと祈りたい。 *** 夜中の勢いで文学フリマ大阪に申し込みした。そういえば去年もこの時期に文フリ東京への参加を考えていたなあと思い出す。冬は日光不足のせいでなんのやる気も出せないが、やはり春を越えると何かやってみようという気持ちになる。先着枠は終了していて抽選対象なので参加できるか分からないし、キャンセルするかもしれないし、9月までこのご時世が保たれているのかも正直不安。けれど、最近いろいろなことで刺激を受けて、自分も作ることを諦めたく無いなと思うと、作りたい本の姿が見えてきて...