投稿

文フリ雑•雑•雑感

イメージ
文学フリマが終わった。セットログ撮ろう♪と思ってインストールしたけど、思い出すことなく1日が終わった。写真は普通に何枚か撮った。 若干の筋肉痛を引きずりつつもあんまり疲れていないのは、緊張感が少なかったおかげだと思う。ひとりとはいえ2回目なこと、関西の地での参加なことは安心感の要因だったと思う。標準語に囲まれてるといまだに、ソワ…としてしまう。関西弁ってだけで落ち着く気がするから、腐っても関西育ちらしい。 前回東京のときは普段見てくれてる人が来てくれる印象だったけど、今回の大阪は出店者の方が比較的いらして名刺をもらったのが印象的だった。これはもしかしたら関西色なのか? 東京は、数が多すぎて回れないとはなから諦めてしまうのもある。大阪の規模感で1フロアに収まっているからこそ、人が常に流れていて、出店者も回りやすい印象だった。それでもきっと大きすぎるのだろうけど。 無料配布は無しにした。費用対効果があんまり良くないという自己分析のため。おまけペーパー的な位置付けであれば作ってもいい。(今回は余裕が無かった) 大昔に作った名刺を並べたら、見た目を気に入って持って行ってくれた人もいた。内容はともかく、欲しいと思えるものを作る方が重要そうだ。クリア素材と箔押しはウケがいい(学び)。 会場内の通路はほぼ常に人が流れていて、わたしはいろんな人が歩いていくのを眺めた。みんなブースを横目に眺めながら歩いていくのだけど、この人には刺さらないだろうなあというのがありありと分かって面白かった。 あんまり過剰に呼び込みたくないから、目が合ったら見本を勧めた。でも、なんとなく決めて来てくれてるんだろうなっていうのも理解した。勝手な括りで申し訳ないが、わたしのブースに訪れるのは落ち着いた女性の方が多かった。それがわたしにもしっくりきて、通じ合えている気がした。もちろん男性もいらっしゃったし、気に入ってもらえたら超うれしい。 「ほどけては、むすんで」がちゃんと売れていったのは、嬉しかった。エッセイエリアなので短編が売れないのではと思ってたけど、なんなら既刊の「140字の世界で〜」も売れて驚いた。初見で1500円出してくれるのすごい。箔押しパワーかもしれない。 りぼんは白色と青色で好きな方を選んでもらった。みなさんの、う〜んと悩む姿がなんか良かった。それ込みの思い出になっていたらいい。 ブースの雰囲...

チューニング

イメージ
財布に推しとのチェキを入れている。 もしわたしが事故に遭ったりしたとき、財布を見れば身元の手掛かりになるかもしれないから、ツーショを忍ばせることにしている(すごい後ろ向きな理由)。あと、単純に元気になりたいから。就活の時期は、ランチェキで引いた、グッドサインをした推しのチェキをお守りがわりに持ち歩いてはときどき眺めた。これが手元にあるぞと思うだけで、ちょっと心強かった。そう思うことにしていた。 ここ2年くらい、推しの笑顔が最高なチェキをずっと持ち歩いていたが、最近やっと更新した。この前撮ったチェキが、なんか良い感じで嬉しかったから。チェキのポーズを考えるのは苦手だが、自分の撮りたい姿を伝えてもいいんだと学んでいる途中。短い時間で、わちゃわちゃ考えるのもそれはそれで楽しくて好きだ。推しに会えることが増えて、一緒にチェキを撮る頻度も増えて、自分も少しずつまともに写れるようになってきた気がする。写真って、写らないとすぐに写り方を忘れてしまう。 最近は髪型も扱いやすくなったし、体も痩せてきたし、コンディションが良い。歳を重ねたなりの、良い姿に落ち着けている気がする。背伸びせず、若すぎず、今のわたしでいられるように。少しずつチューニングする。 文フリの準備がほぼ片付いた。 前回を踏まえて設営を見直したり、駆け込みでグッズを追加で発注したり、やりたいことを考えたら尽きない。でもまずは本がちゃんとできたから、よかった。 宅配搬入のために入稿の締め切りを考えるときがいちばんヒリヒリする。今回は新しく書くものも多かったから、書き上がらないという不安が過ったりもした。データを作ることはある程度なんとでもなるから、文章はちゃんと書いておかないといけない。改めての教訓。 次はいつになるか分からないけど、世界が許せばまた作るかもしれない。 (新刊のために慌てて撮り下ろした。写真屋さんのおかげでなんとか良い写真になっている。)  

つめ、きらきら

イメージ
休日、いつもより人の少ない電車に乗り込む。出入り口近くに立って、向かいのお姉さんが本を読む姿をぼんやりと視界に入れた。ふと視線を下に向けると、サンダルから覗く爪がオレンジ色に光っていた。同じようにサンダルを履くわたしの足は、あまりに素だった。 爪に色を塗ることに対して、自意識過剰になっている。そういう色を塗る人なんだ、と思われることが怖い。 元々ピアノを習っていて指の爪を短くしていたこと、仕事柄衛生面的に塗らないでいたことから、ネイルには縁がなかった。たまに休みの日に塗ってみても、なぜか爪がごわごわする気がして、気になって仕方なくなってしまう。そうしたら塗らないでいる方が楽だった。 そんなわたしでも、足の爪なら自我を出してもいいのではないかと思い立った。きっかけは、仕事に疲れ果てて、なんらかの方法で元気を出したいと思ったことだった。手の指は無理でも、足の指が好きな色になっていたらちょっと嬉しい。足だったら、身だしなみ程度として、色が付いていても不思議では無いと思えた。青色にしたり、ラメでぎらぎらにしたり、でもやっぱり人目が気になって薄いピンクにしたり。疲れている時ほど、ちゃんと塗ってお守りにした。 今、OLのような仕事になり、本当なら手の爪も塗ったっていいのに、逆に足にも何も塗らなくなった。それはそれで心の安寧の証なのかもしれない。一方、慣れないパンプスのせいでタコまみれになった足を出すことができず、サンダルを履けなくなっていた。 7月、思い立って足のセルフケアを開始。一時期なんやかんや見た目がひどかったが、ようやく治ってきた。足に合う靴を見つけてから、痛むこともなくなった。合う靴って本当に大事らしい。嬉しくなって、新しくサンダルを買った。元気になったから、ちゃんとオシャレのために足の爪を塗りたい。 最近読んだもの ただの飯フレです 7巻 なんか少し泣いちゃいそうだった。ひとが存在する数だけ、考え方があること。 うららの「関係性で外見の見え方が変わる」というのは、わたしもわかる。自分の目はとても曖昧で、本来存在している外側をそのまま受け取れているとは思わない。好き、嫌い、なんともない、それぞれのフィルターがかかって見えていると思う。だから、写真を撮っている。わたしの目で見る世界は、あなたはこんな風に見えているんだと伝えるために。カメラはありのまましか写さない気もする...

ご機嫌

イメージ
一介の会社員なので、健康診断に行く。なんか毎回憂鬱なのはなんでなんだろう。 今日も朝ごはん抜きに病院へ向かった。水分摂取はこの時間までと指示があるので、本当に熱中症になるんじゃないかと考えながら、じりじりと焼けるような夏空の下を歩いた。 わたしが不思議なことナンバーワンは、家と病院で体重が違うこと。年始から運動をし始めたのでときどき体重計に乗るけれど、病院の方が軽いし、なんなら5kgくらい違う。病院に忖度されすぎなのか?ついでに身長が伸びていて169cmになった。170の大台に、いまからでも乗れるのか。今後に乞うご期待。 わたしが苦手ことナンバーワンは採血である。別に採血で不都合があったことはない。たぶん、採血は嫌なものだという先入観が払拭できていないだけだ。もしタイムスリップできるなら、先入観が刷り込まれる瞬間を阻害したい。 採血のときは、毎回同じポーズを取ることをルーティンとしている。左腕を差し出し、顔は右側に背けておく。髪の毛で視界を遮ったら、苦手なのを察して看護師さんから優しく話しかけてもらえる。ただ、針が刺さってるときには1mmでも動くのがこわいため、蚊の鳴くような声でしか返事ができない。今回の採血終わりに「今日1番採りやすかったよ」と言われて、少しご機嫌になった。今度から自己紹介のときは「採血しやすい血管です」って言おうかな。ご機嫌になったから、健康診断が終わった後、近くの美味しいパン屋さんに寄って帰った。 今日唯一の心残りはカメラを家に忘れたこと。外に出て晴れた空を見たとき、手元にカメラが無いことに気付いた。普段は持っていても使わないことばかりなのに。今日はこんなに良い空だったのに。でも、まあ、そういうこともある。 最近読んだもの スタートオーバー 1巻 本屋でうろうろしていたら表紙が気になったので購入。 転校生の男の子の人格がコロコロと変わって、主人公が振り回される話。その奥の謎がちらちらしながら、引きで終わってしまったので早く続きが読みたい。こうやって表紙買いでおもしろいマンガに出会えたら嬉しい。 死に戻り令嬢のルチェッタ ファンタジーものというだけで読まずにいたのだが、1巻を読んだら止まらなくなってしまい、全部読んだ。天乃先生の作品を見るたび、すれ違い両片思い万歳になってしまう…!タイムスリップものとしての展開もハラハラして、恋愛もそわそわする。...

推し到来、7月

イメージ
4月ぶりの推しのイベントだった。本当は6月にもあったけど、なんだかんだ外出の予定が立て込んでおり諦めた。毎週のように週末に出掛けるのは、わたしの体は耐えられない設計になっているらしい。だから、無理はしない。 7月のイベントは、元々彼女が所属していたアイドルグループのメンバーと2人でのイベントとして組まれていた。もう1人のメンバーを見るのは、グループが解散して以来初めてになる。というか、解散して以降、ほとんど推し単独でのイベントにふらりと行く程度だったので、他のメンバーとのライブの空気感もすっかり忘れてしまっていた。 イベントはシャンパンコールから始まる。お客さんがシャンパンを入れることができるので、まずそれを開けて乾杯する。土曜の昼に聞くシャンパンコールは、なんとも居た堪れない気持ちになる。コールがけっこうイケイケな感じで(他にどんなのがあるか知らないけど)、大阪を感じた。自分もオリシャンを入れた経験があるので、なにかを言う筋合いはない。 ライブは2人で歌う曲とソロの曲があり、どれも解散したグループの曲だった。ぶち上がり•夏系のセトリに、わたしはあの頃の血が滾ってサイリウムを折った。整理番号が悪かったので後ろの方に陣取って、人々の隙間から推しの姿を垣間見ようとした。でも、姿が見える瞬間を必死に探すより、このサイリウムの青色が彼女の目に届けばいいなと思った。あなたがステージで踊ってるところ、まだこれからも見せてほしいんだ。 フロアで発生するオタ芸を眺めて、そうだこれこれ!と思い出す。わたしにとってのアイドルオタクはオタ芸を打てる人であり、恥ずかし気なく発動できることにちょっと憧れていた。にわかオタクなわたしはもうロマンスぐらいしか記憶になくて、煽りに乗って手をあげるのみだった。 最近は推しがひとりでステージに立って語りかける姿を見ていたから、昔のメンバーと軽快にやりとりをする様子を見て、そういえばこんな現場に通ってたんだった……と思い出したりした。でも、推し単独のゆるさがわたしにはもう実家になっていて、また単独のイベントに行くか〜と思いながら帰った。次は8月にある。 アイドルに会いに行ったりすること、なぜやっているのだろうと我に帰るときもある。認知が無くても見に行くことが、純粋な好きに思えてしまうから。でも、顔を見て名前を呼んでもらえたら嬉しくて、それだけになってしま...

また文フリに出る女

イメージ
文フリに出ることにした。 今回は大阪。移動の費用を考えると、やはり近場で出る良さを感じる。東京の規模感は経験できたので、大阪でもう少しコンパクトなイベントを経験したいと思った。とはいえ、昨年の文フリ大阪に来場者として行ってみて、十分多すぎる様相ではあったけど(本当は出店40〜50くらいのものに出てみたい、いつか)。あと、いつまで本を作って売ることができるかわからないから、今やらなきゃいけないかもしれないと思った。日々、勘を頼りに生きている。 春頃にいろいろと刺激を受けて作りたいものができて、その着地として"イベントに出る"ことを使っている。わたしは常々、文章を書かなくても写真を撮らなくても生きていけると痛感しているのだが、なにかを作り残してみたいという欲求はなぜか湧いてくる。それを叶えられそうなものがわたしの手には文章しかないので、文章にしがみついて、なんとか自己表現にならないものかとこねくり回している。厳密に言えば本をつくりたいわけでもなくて("本"という物体を自分でも作れてしまうこと自体はめちゃくちゃおもしろい、でも自分が本を通して誰かに伝えたいことなんてない、おこがましくて)、文章込み•写真込みの自分の表れたなにかをつくれたらそれでいいのだ。ときどきやっている手紙を書くことも、それに近いと考えている。 総じて売れるものを作っているわけではなく、お金をかけた娯楽になっているので、割り切って、諦めずに楽しいと思えることをやりたい。今回の目標は、気張らずに、のんびりと、無理せずに過ごすこと。そんなスタンスでも、気になってくれる人がいたなら嬉しい。 とはいえ、もうあと1カ月。入稿頑張りましょう。 最近読んだもの 彼女はNOの翼を持っている 3巻 あっという間に終わってしまった…!難しい題材ではあるのだけど、年齢問わず読んでもらえたらいいと思う。 つばさも海里も幼さはあれど、考え方が大人だと思う。わたしの方がまだ子供な気がして、少し焦る。 アオのハコ 26巻 なんかようやく部活のターンが来て好き。 おかえり水平線 ジャンプ+でずっと気に入って読んでいる。やっぱり紙で持っておきたいマンガな気がして、とりあえず1巻を購入。家族でも、家族でなくても、思いやれる関係性がうらやましいのかもしれない。 晴れた日のドレスコード 1巻 Twitt...

都会は飛行機が飛んでいる

イメージ
商店街が祭りの装いに変わって、今年も夏が来たんだと認識する。この街に来て3年目、やっとそういうリズムがわたしにも沁みてきた。 この地域のことを何も知らないまま住み始めたので、1年目に想像よりデカい祭りがワイワイとしていて人でごった返すことを知り、2年目は怖いもの見たさに人混みに紛れ込んだ。交通整理のやかましさと立ち並ぶビルにかき消される花火を垣間見ながら、人をかき分けて道を進む祭りは初めての体験で、地元の学校の校庭でこぢんまりと屋台が立ち並ぶささやかな夏祭りが少し恋しくなった。 地元に住んでいたときは、数えるほどしか夏祭りには行かなかった。母は人混みが苦手なので、ほとんど車の通らない田んぼ道の真ん中に車を停めて、遠くにあがる花火を見た。屋台でなにかを買うくらいなら家でご飯を食べるタイプの家で、買い食いを楽しんだこともほとんどなかった。縁日の賑わいとは程遠く、音の遅れた小さな花火を見る。それがわたしの夏だった。高校生のとき、部活の仲間と夏祭りに行ったときは、母が浴衣を着せて髪も結ってくれた。自分は行きたがらないくせに、子供のそういうのは嬉しかったのかもしれない、と今なら思う。 過去の反動のせいか、祭りの屋台が好きだ。なんでもない唐揚げやポテトも欲しくなって、つい買ってしまう。以前住んでいた街は、祭りでなくてもなにかと屋台が出ていたので、突然現れる非日常に嬉しくなった。大きな街は屋台がたくさんあって楽しい。 今年の祭りは土日に重なる、ということにもう気付いていて、休みの日なら人混みに負けずに花火を見に行こうかと悩み中。わたしはまだ青春が足りなくて、この歳になってもあのときの寂しさを埋めている。 昨日は駅へと歩きながら、頭上を過ぎていく飛行機を眺めた。都会は意外と飛行機が飛んでいる。空港の関係なのか、低めに飛ぶ大きな飛行機を目にする機会が増えた。この前東京の街を歩いていたときも、ごーっと音がすると思ったら比較的低めに飛んでいく飛行機がいて、都会の共通項なのかと思ったりした。田舎だと、飛行機雲でしか存在を確認できないような距離を飛んでいくから、こんなに間近を過ぎていくことにいまだに驚いている。わたしは今でも飛行機が過ぎるとカメラを構えたくなるけど、行き交う人は誰もそんなことをしていなくて、これはただの日常なんだと言われている気がする。 先日東京に行った時は朝の通勤ラッシュに...