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家をとじる日

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実家にはもう何年も帰っていない。最初は大学進学のためという不可抗力で家を出て、その後、家を出た自分の方がこころの形がまるく、素直にいられると気付いてしまったので、だんだんと足が遠のいた。親不孝と言われるかもしれない。なんらか親孝行したいという気持ちはある。もう年老いた祖父母のことを思うと、本当は会いに行きたい。一方で、地元に帰るたび、"こども"の姿で振る舞わないといけないことが、ずっと苦しい。 ハチクロを読み直した。学生の頃に読んだ以来で、社会人の目で見たらなにか変わるかと思ったけれど、刺さるのは同じシーンばかりだった。当時何度も繰り返し読んだので、どこを読んでもすべて知っていた。わたしはこのマンガを読んで横浜の観覧車に憧れたし、寝台特急に乗りたかったし、フェリーで北海道へ渡ることに惹かれていた。 リカさんと真山が北海道へ行ってリカさんの実家の跡を見たとき、わたしもいつか自分の実家を手放すときが来るのかなと思いを馳せた。ひとりっ子なのでわたしが実家に戻らなければ、選択肢としては取り壊すことになるのだろう。リカさんに帰る場所なんてなくていいと言ってくれた原田さんの言葉はどれほど心強かったのだろうか。そんな原田さんがいなくなって、リカさんは帰る場所を自分で持ち続けなければいけなくて、じゃあなにを拠り所に生き続けたらいいのだろうか。実家を取り壊して更地になると思っただけで、わたしは耐えられそうになかった。これを決断してでも生き続けないといけない未来がきっとくる。そういう重みを抱えて人間が生きているのだと思うとくらくらする。 いつかの未来を憂うたび、今を抱き寄せることしかできない。これが正しかったと思えるために。 (ハチクロは淡い黄色のイメージがある。なんでだろう。)

アドレナリンで寿命削ってる

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相変わらず文フリの準備に奮闘している。タスクが積み上がっている。わりとそういう日常の方が好きだ。会場への発送や印刷にかかる時間を考えるとそろそろデータできてないとやばくないか?と気付いたので、慌てて作業を進めている。編集ソフトの使い方が完全に付け焼き刃なので(けっこうちゃんとした参考書を買ったけど読み込む知識がなかった)、半年後にやったら思い出せないと思う。またやるのかは分からないが、メモ的にまとめたい。とりあえず本のデータをやっつけて、設営の小道具を集める。フリーペーパーは11月に入ったらやる、絶対可愛いのができる。 手を動かしているのは楽しい。たぶん、何も知らないところからできることが増えていくのが楽しい。ああ人生、ちいさくともできることを増やし続けたいものよ。 文フリに向けての宣伝を考えていると、なんで本作ってるんだっけ…みたいな根本を考えがちになる。宣伝してたくさん売れたいならもっとポップでウケるやつを目指した方がいいに決まっている。そもそもそんなものを書けるはずがなく、ウツウツ、グズグズした読まれないための言葉を必死に書き残しているので、こんな感情ぜんぶ諦めた方がいい。どちらかといえば、今までに好いてくれたひとたちが喜んでくれるものになったらいいなと思う。そういう目線でいる。でも、売れる喜びも知ってみたい…、そんな欲深さは否定できない。 先週末はアイドルに会いに行って、写真を撮りに出かけた。今週末も写真を撮りに行く予定だ。自分の体が快適に動く温度は今しかないとばかりに予定を詰めている。気温に体力が削られないだけでなんと過ごしやすいことか。久しぶりに撮り歩いたら、夕方の日差しが斜めで秋を感じた。フィルムは現像に出したところなので、どんな風に写っているか楽しみにしている。 最近曲がりなりにもものづくりをしているせいか、アイドルに会っても快感が少なかったような気がする。アイドルに会うことで得られるあの感覚って、突き抜けるようにめちゃくちゃ高ぶって、あの一瞬さえあれば1年は生きられるような(その分寿命は削っている気がする)ものなのだけど、このアドレナリンの出方で良いのか?と毎回不安にもなっていた。やったことないけどドーピングってこんな気持ちかもしれない。同人誌作りをやってみると、コンスタントにものを生み出し続けられるってすごすぎるという尊敬の念が足元にひたひたとや...

いつかインターネットをやめたら

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Twitterやめたいな、と思うと同時に、Instagramも発展できないしな、と思う。数年前から巻き起こったアルゴリズムの変化とやらについていけず、ようやく息が整ってもう一度向き合ってみたら、わたしのアカウントはどちらも墓場のようになっていた。表面をはらえば埃が舞う。埃をきれいに拭き取ったとしても、それは墓地の中にある石のひとつにすぎず、景色として認識されるものではないようだ。 わたしが文章を書き始めたのは、Twitterだったら続けられるかもしれないと思って始めた140字小説だった。当時ハッシュタグで「140字小説」を検索し数ツイートしかないことを確かめて、ここにしようと決めて走り始めた。あれから10年、書けないときもあったけれど、わたしが誰よりもずっと大切にしていることは間違いなくて、埃まみれのわたしの石にはこれが刻み込まれているに違いない。 Twitterをやめられないのは、そんな大事な石を投げ捨ててかち割ることができないからだ。粉々になってしまったら、それはわたしの心ごと無くなってしまうことになる。この10年のいちばん大事なものが無くなるのはこわい。 Instagramは、Twitterを始めてしばらくしてから使い始めた。憧れた写真の世界に触れてみたくて、うすぼんやりした心の景色を残し始めた。顔の写らない写真を作ることは楽しい。わたしの表面だけで定義されることなく、見る人の数だけ違うわたしになれるような気がしている。わたしが心としてのわたしであるために、外の姿(≒顔)を取り払うことは必要だったのかもしれない。 写真を撮ることはいまも好きで、Instagramは続けてみたい。 いつかインターネットをやめられたなら、それは正しいことなのだと思う。ただ、やめたら、言葉を書き続けられるのかはわからない。わたしが言葉を捧げたTwitterという場所ほどに、心惹かれる土地はなさそうだ。そうしたらここが墓場でも、それはそれで幸せかしら。 (懐かしすぎる写真。なんだかすこし遺影みたい? 撮影 染谷かおりさん)

9月末、PCと格闘する

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Perfumeのことを考えていたら時間が過ぎていた。行けるときはライブに行ったし、なんの悔いもないのだけど、やっぱりぽっかりと寂しさがある。配信で見たMY COLORの、"エモ"で書ききれない感動が離れてくれない。神奈川の衣装展、タイミングが合えば行きたい。神戸も巡回してたのに行かなかったから。 なんだか最近元気なので、10月に予定をたくさん入れている(当社比)。たぶん涼しくなって、動く気になってきたからだ。カメラを触る機会がいくつかできそうで嬉しい。アイドルにも会いにいける。落ち込むなよ、と言い聞かせている。こればっかりは体のことだから油断できない。 文学フリマの準備をやっと始めた。140字小説をセレクトして、これまでの写真と一緒に組んでいる。概算で2500くらい書いていそうだが、本当か?俄かに信じられない。セレクトしてみると結局似たような作品ばかりだけれど、少女マンガにルーツを持つ自分らしさは出ている気がする。今、主流になっている140字小説にはなれない。それでも、わたしの書ける青春の一瞬が残せたらいいと思っている。 ブログ本間に合うかな。気合い入れないとちょっと危ない。 最近読んだもの 3月のライオン LINEマンガで無料が来ていたので、最初から読み直している。何回読んだかわからないな。ひなちゃんの学校エピソードのあたりはいつ読んでも胸が詰まる。繰り返しそのつよさに震える。つよくあってくれることが正しいのかと問う。それで意思をつよくする零の姿にまた目を奪われる。 まだ新刊まで追いつけていない。早く買わないと。 (この前食べたプリン)

部屋探しの条件

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家って買った方がいいのかな、と考えたりする。買おっかな〜で買えるものではないけど、一生物だからこそ考える時間は長い方がいい気がする。 地元は一軒家がほとんどで、人数分の車を所持するような地域だった。だから家は借りるより買うものというイメージがあるし、買うなら一軒家だという刷り込みもあった。そもそもマンションがほとんどなく、あってもアパートで、しかもアパートを借りてまで住む人もいなかった。そんな環境で育ったものだから、都会に出てから、マンションって本当にあるんだ…と知った。漫画やテレビでしか見かけないマンションの部屋番号になぜかとても憧れがあり、ひとり暮らしをして自分の部屋の番号を持てるが嬉しかった。退去する前に部屋番号の写真を撮ったことをよく覚えている。そうこうしているうちに、今ではマンションの方が住み慣れた気がする。(アオのハコで友達の住むタワマンに行く描写があるのだけど、どうしたらそんなところに住めるんだろうとずっと思っている。) 今まで引っ越しを5回して、その分部屋探しをして、実際に住んでみて、そのたびに部屋を選ぶための条件が増えつつある。 まず、南向き。 日光を浴びないと生活できない。最近の猛暑はさすがにご遠慮したいが、それでも多少は光に当たっていないとむずむずしてくる。ミトコンドリアで光合成しているに違いない、と信じている。特に、朝は太陽の光を浴びて目が覚める。だから、夏は早く起きるし、冬は全然起きられない。あまりにも起きられないものだから、光で起こしてくれる時計をかなり調べたことがある。結局、どれも本物の太陽にはなれないと思ってやめてしまったけれど。 それから、少し高めの階がいい。 景色云々ではなく、切実な虫問題である。アパートの2階に住んでいたときは時々虫が出没して、その度に怯えながら生活していた。少し上の階に住むだけで一切の心配がいらなくなり、著しいQOLの向上を実感している。というわけで、きっと一軒家に住むことはもうない。もし家を買うことがあってもマンションになるのだろう。 さらに、部屋は広い方がいい。 これが都会だとほんとうに難しい。新卒で住んでいた地方都市と都会を比べると、狭くて家賃の高い部屋しかない。そもそも、地方都市と同じくらいの広さの部屋が存在しない。地方の部屋に慣れていると、まず狭さに妥協することから都会の部屋探しがスタートする。加えて...

カメラのない日々のこと

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先日の文学フリマで買った本を開いた。学生時代の文章と写真の混ざった本を読みながら、撮りたい写真も撮ることができなかった子供の頃の自分の心がぎゅっとなっていた。 わたしがカメラで写真を撮り始めたのはすっかり大人になってからのことだった。家族にカメラの趣味がなく、かろうじて家にあった(おそらく)コンパクトフィルムカメラで撮った記録的な写真ばかりが残っている家庭だった。たくさん写真を撮り残す感覚などなく、それこそ入学式の家の玄関の前や、運動会などの行事くらいでしか撮ることはなかったと思う。数が少ない分アルバムはちゃんと作ってあって、まめだった。その反動なのか、撮ってみたいという欲求はなにかしらあったと思う。でも身近に道具がなくて叶えようもないので、その欲求が露わになることはほとんどなかった。 わたしが実家で暮らす中で自分の心として写真を撮ることができたのは、小学生の頃の1回きりだと思う。春に地元の桜並木を見に行って、ちいさくかかる橋の上から桜の花を写した。なんの知識もないけれどただ良く撮りたくて、ファインダーを覗いては考えて、シャッターを押した。撮りたいと、透き通ってまんまるな心のかたちが確かにあった。フィルムカメラなので数枚しか撮ることは許されず、でも、そのわずかな時間の中で自分が綺麗だと思う写真を撮ろうとできたことは今でも忘れられずにいる。現像してみたら全然綺麗でなくてがっかりもしたのだけど。そのとき以外にカメラを触れた記憶がほとんど無く、大人になってからようやく自分が好きだと思う写真を撮ることのリハビリを続けている。 初めてまともに購入したカメラはチェキだった。スマホで撮るのは物足りず、もっと撮ってみたいという気持ちがふつふつと湧いていた時期だった。正直、その気持ちをいつまで維持できるのか自分を信じることが難しく、いきなり高いカメラを購入するのは現実的でないと判断してメルカリで安く購入した。当時アイドルを好きになり始めたときで、チェキという文化、唯一の写真として存在できることにこだわりを持ち始めていた。作品撮りのようなこともしたし、旅行に持って行って友人を撮ることもあった。結局それは途中で壊してしまい、今のチェキ機は2代目だ。そのチェキ機以降、ちゃんとしたミラーレスやフィルムカメラを買うのはまだ先の話である。 写真の界隈を眺めると、子供の頃や学生の頃からカメラを触っ...

【運動月報】8月

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【先月まで振り返り】 体重減量に向けて、筋トレの割合を増やす。 【今月やったことメモ】 フィットネスバイクは飽きたのと、時間が取られる(やるなら最低20分やる)ので一旦無理せずやめた。 YouTubeからトレーニング動画を選んで実施。 https://youtu.be/vJwH8Sq-MZQ?si=Gt2jeWlbqPAgrlTr ストレッチは8月より短めの動画に。他のトレーニングと組み合わせるため。前屈してつま先に届くようになった、感動。最初は脛ぐらいまでしか届かなかったので…。 https://youtu.be/yfyejTh4kZc?si=0hvaRlGHFVsO1sgF いろいろストレッチをするうちに、自分は巻き肩で猫背でストレートネックで姿勢が悪いのだと気付いた。姿勢が良い状態を認識できたので、普通の姿勢を直すべくストレッチを開始。肩の可動域が広がってるのを感じる。 https://youtu.be/LViAulL--Bg?si=H79U15UdD3dpzhEu キツめの腹筋トレーニング。できないけど、前よりできるようになってる。 キツすぎてちゃんとやれてない気もするので、もう少し軽いのをちゃんとやるのもよさそう。 頻度は週2-3くらい。外出することがあり、できない日が続いた。 【結果】 体重変わらず。 腹筋は硬くなっている気がするが、引き締まっている自覚はなし。姿勢の悪さに気付き、普段から正しい姿勢を意識できるようになってよかった。 バイクをやめたせいか、脚が若干もちゃっとしてきた気がする。 【考察】 姿勢の改善は大事そう。バイクも続けた方が良いと実感。 【9月に向けて】 首、肩周りのストレッチを続けて姿勢改善を目指す。 バイクは週2〜3回はやる。 (戒めの近影)