大阪のいいところ:クリーニング屋のおばちゃん
大阪に引っ越してしばらく経つが、よく言われる"人情味"みたいなものには巡り会えていない。なんだか、よそ者なのだと思う。自分自身も異物だと知りながら生活しているから余計にそうだ。そもそも大阪という街が人の寄せ集めの部分はあって、みんなが当たり前に他人。きっと元から住む人でないと、"人情味"の温もりは発せられないのかもしれない。
最近初めて、その温もりの発信源に触れた。クリーニング屋のおばちゃんだ。スーツを着るようになって、クリーニング屋を利用する機会が増えた。仕上がりの良し悪しも分からないのになんだかしっくり来ずジプシーをして3店舗目。お店に入れば明るく挨拶をしてくれて、てきぱきと話かけてくれて、あんまりこの土地に興味がなく見えるだろうに付近のイベントのことをちゃんと教えてくれる。これは商売文句だろうが、「汗抜きはしとく?」と世話を焼いてくれるのもなんだかありがたい。うれしい。これ、わたしが思い描いていた大阪のおばちゃんかもしれない。今はその明るさに触れに行くのも楽しみになっている。もし全然出身地が違ったら申し訳無い、おもしろいけど。
じゃあ、あんたが作ってみろよのドラマをなんとなく流し見した。勝男と鮎美が地元に帰って、顔合わせさせられたり一緒に出かけたりなんなりする回。
お兄ちゃん家族の、子供のことが人生を選べることを大切にしている姿に憧れたり、親が良かれと思って子供に口出しする嫌さをありありと思い出したりした。
あまりにもわたしの身にも覚えがあったので、これって田舎だから起こることなのだろうかと考えたりする。田舎の狭い世界では、親以外の価値観を知る機会が少ない。だから、いつまでも親に背けない、鮎美みたいな人間になることも頷ける(わたしもそうだ)。都会の親も子供を思う気持ちは同じだろうが、子供の目は他の視点も見つけられるんじゃないだろうか。そう勝手に思う。こんな風に思うことも、田舎生まれのコンプレックスだ。
わたしの思考のすべてに親や地元を理由づけることは簡単で、でもそれは逃げだとも言い聞かせて生き続けたい。明るく前向きになれなかった人生のリカバーはつらい。リカバーしきれないから、ずっとこんなことを言っている。
(すすきを見に行ったけど、撮るのが下手でかなしかった)
.jpeg)
コメント