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9月, 2025の投稿を表示しています

9月末、PCと格闘する

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Perfumeのことを考えていたら時間が過ぎていた。行けるときはライブに行ったし、なんの悔いもないのだけど、やっぱりぽっかりと寂しさがある。配信で見たMY COLORの、"エモ"で書ききれない感動が離れてくれない。神奈川の衣装展、タイミングが合えば行きたい。神戸も巡回してたのに行かなかったから。 なんだか最近元気なので、10月に予定をたくさん入れている(当社比)。たぶん涼しくなって、動く気になってきたからだ。カメラを触る機会がいくつかできそうで嬉しい。アイドルにも会いにいける。落ち込むなよ、と言い聞かせている。こればっかりは体のことだから油断できない。 文学フリマの準備をやっと始めた。140字小説をセレクトして、これまでの写真と一緒に組んでいる。概算で2500くらい書いていそうだが、本当か?俄かに信じられない。セレクトしてみると結局似たような作品ばかりだけれど、少女マンガにルーツを持つ自分らしさは出ている気がする。今、主流になっている140字小説にはなれない。それでも、わたしの書ける青春の一瞬が残せたらいいと思っている。 ブログ本間に合うかな。気合い入れないとちょっと危ない。 最近読んだもの 3月のライオン LINEマンガで無料が来ていたので、最初から読み直している。何回読んだかわからないな。ひなちゃんの学校エピソードのあたりはいつ読んでも胸が詰まる。繰り返しそのつよさに震える。つよくあってくれることが正しいのかと問う。それで意思をつよくする零の姿にまた目を奪われる。 まだ新刊まで追いつけていない。早く買わないと。 (この前食べたプリン)

部屋探しの条件

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家って買った方がいいのかな、と考えたりする。買おっかな〜で買えるものではないけど、一生物だからこそ考える時間は長い方がいい気がする。 地元は一軒家がほとんどで、人数分の車を所持するような地域だった。だから家は借りるより買うものというイメージがあるし、買うなら一軒家だという刷り込みもあった。そもそもマンションがほとんどなく、あってもアパートで、しかもアパートを借りてまで住む人もいなかった。そんな環境で育ったものだから、都会に出てから、マンションって本当にあるんだ…と知った。漫画やテレビでしか見かけないマンションの部屋番号になぜかとても憧れがあり、ひとり暮らしをして自分の部屋の番号を持てるが嬉しかった。退去する前に部屋番号の写真を撮ったことをよく覚えている。そうこうしているうちに、今ではマンションの方が住み慣れた気がする。(アオのハコで友達の住むタワマンに行く描写があるのだけど、どうしたらそんなところに住めるんだろうとずっと思っている。) 今まで引っ越しを5回して、その分部屋探しをして、実際に住んでみて、そのたびに部屋を選ぶための条件が増えつつある。 まず、南向き。 日光を浴びないと生活できない。最近の猛暑はさすがにご遠慮したいが、それでも多少は光に当たっていないとむずむずしてくる。ミトコンドリアで光合成しているに違いない、と信じている。特に、朝は太陽の光を浴びて目が覚める。だから、夏は早く起きるし、冬は全然起きられない。あまりにも起きられないものだから、光で起こしてくれる時計をかなり調べたことがある。結局、どれも本物の太陽にはなれないと思ってやめてしまったけれど。 それから、少し高めの階がいい。 景色云々ではなく、切実な虫問題である。アパートの2階に住んでいたときは時々虫が出没して、その度に怯えながら生活していた。少し上の階に住むだけで一切の心配がいらなくなり、著しいQOLの向上を実感している。というわけで、きっと一軒家に住むことはもうない。もし家を買うことがあってもマンションになるのだろう。 さらに、部屋は広い方がいい。 これが都会だとほんとうに難しい。新卒で住んでいた地方都市と都会を比べると、狭くて家賃の高い部屋しかない。そもそも、地方都市と同じくらいの広さの部屋が存在しない。地方の部屋に慣れていると、まず狭さに妥協することから都会の部屋探しがスタートする。加えて...

カメラのない日々のこと

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先日の文学フリマで買った本を開いた。学生時代の文章と写真の混ざった本を読みながら、撮りたい写真も撮ることができなかった子供の頃の自分の心がぎゅっとなっていた。 わたしがカメラで写真を撮り始めたのはすっかり大人になってからのことだった。家族にカメラの趣味がなく、かろうじて家にあった(おそらく)コンパクトフィルムカメラで撮った記録的な写真ばかりが残っている家庭だった。たくさん写真を撮り残す感覚などなく、それこそ入学式の家の玄関の前や、運動会などの行事くらいでしか撮ることはなかったと思う。数が少ない分アルバムはちゃんと作ってあって、まめだった。その反動なのか、撮ってみたいという欲求はなにかしらあったと思う。でも身近に道具がなくて叶えようもないので、その欲求が露わになることはほとんどなかった。 わたしが実家で暮らす中で自分の心として写真を撮ることができたのは、小学生の頃の1回きりだと思う。春に地元の桜並木を見に行って、ちいさくかかる橋の上から桜の花を写した。なんの知識もないけれどただ良く撮りたくて、ファインダーを覗いては考えて、シャッターを押した。撮りたいと、透き通ってまんまるな心のかたちが確かにあった。フィルムカメラなので数枚しか撮ることは許されず、でも、そのわずかな時間の中で自分が綺麗だと思う写真を撮ろうとできたことは今でも忘れられずにいる。現像してみたら全然綺麗でなくてがっかりもしたのだけど。そのとき以外にカメラを触れた記憶がほとんど無く、大人になってからようやく自分が好きだと思う写真を撮ることのリハビリを続けている。 初めてまともに購入したカメラはチェキだった。スマホで撮るのは物足りず、もっと撮ってみたいという気持ちがふつふつと湧いていた時期だった。正直、その気持ちをいつまで維持できるのか自分を信じることが難しく、いきなり高いカメラを購入するのは現実的でないと判断してメルカリで安く購入した。当時アイドルを好きになり始めたときで、チェキという文化、唯一の写真として存在できることにこだわりを持ち始めていた。作品撮りのようなこともしたし、旅行に持って行って友人を撮ることもあった。結局それは途中で壊してしまい、今のチェキ機は2代目だ。そのチェキ機以降、ちゃんとしたミラーレスやフィルムカメラを買うのはまだ先の話である。 写真の界隈を眺めると、子供の頃や学生の頃からカメラを触っ...

【運動月報】8月

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【先月まで振り返り】 体重減量に向けて、筋トレの割合を増やす。 【今月やったことメモ】 フィットネスバイクは飽きたのと、時間が取られる(やるなら最低20分やる)ので一旦無理せずやめた。 YouTubeからトレーニング動画を選んで実施。 https://youtu.be/vJwH8Sq-MZQ?si=Gt2jeWlbqPAgrlTr ストレッチは8月より短めの動画に。他のトレーニングと組み合わせるため。前屈してつま先に届くようになった、感動。最初は脛ぐらいまでしか届かなかったので…。 https://youtu.be/yfyejTh4kZc?si=0hvaRlGHFVsO1sgF いろいろストレッチをするうちに、自分は巻き肩で猫背でストレートネックで姿勢が悪いのだと気付いた。姿勢が良い状態を認識できたので、普通の姿勢を直すべくストレッチを開始。肩の可動域が広がってるのを感じる。 https://youtu.be/LViAulL--Bg?si=H79U15UdD3dpzhEu キツめの腹筋トレーニング。できないけど、前よりできるようになってる。 キツすぎてちゃんとやれてない気もするので、もう少し軽いのをちゃんとやるのもよさそう。 頻度は週2-3くらい。外出することがあり、できない日が続いた。 【結果】 体重変わらず。 腹筋は硬くなっている気がするが、引き締まっている自覚はなし。姿勢の悪さに気付き、普段から正しい姿勢を意識できるようになってよかった。 バイクをやめたせいか、脚が若干もちゃっとしてきた気がする。 【考察】 姿勢の改善は大事そう。バイクも続けた方が良いと実感。 【9月に向けて】 首、肩周りのストレッチを続けて姿勢改善を目指す。 バイクは週2〜3回はやる。 (戒めの近影)

チャットを打つのに30分かかる

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昔からメールが苦手で、LINEの時代になったとき明らかに苦手なのは実感していた。リアルタイムで既読がついて、すぐに返事しなければならないプレッシャーが日常にへばりついている。 元々、話をするときは頭で言葉を作ってから話すタイプだ。咄嗟に口から出る言葉に自信がなくて、いろんなパターンを想定して準備しておかないと不安になる。電話をするのは尚更苦手で、頭の中で5回くらい練習してからかける。相手が出なくて振り出しに戻るのもつらいし、折り返しがかかってきて準備できてないタイミングで話すのもつらい。電話だと、相手によっては言葉が聞き取りづらいのも苦手要素だ。 電話よりはチャットの方がましだけれど、チャットになると、言葉として嫌な書き方になってないか、冷たすぎる言葉じゃないかが気になって、自分の中で満点の文章をつくるのに時間がかかってしまう。だから、友達と雑談のLINEをすることはほぼないし、文章をつくる時間がかかるので往復頻度の低いやり取りの方が楽だ。といっても、その場で返信しきれず忘れてしまうことも多くて、やっぱりLINEはしない方がいいと思う。 仕事でもチャットを使うことが増えた。相手は目上の人が多いので、余計に気を遣う。相手の書き方によって文体を変えるし、なるべく余計なやりとりがないように簡潔にまとめる。句読点だけだと感情が乗らなすぎて、本当は「!」とか「…」とか多用したい。結構こらえている。そんなこんなしていると、要件を打つのに30分とか普通にかかる。チャットが得意なひとだったら、もっとスムーズに打てるのだろうか。とはいえ電話も苦手なので、悩みながらチャットの文章をつくる日々だ。 今日は眼科に行った。わたしとおじいさんと男の子(推定5歳)が並んで視力検査をしていて、「左…?」「それは無理」などと言いながら視力を調整されていた。視力検査って原始的すぎないか。見え方って主観的で、すっかり眼科に通い慣れた今となっては表現することばをいくつか持っているけど、昔は何と言えばこの見え方が伝わるのか分からなかった。あと、どれがちゃんと見えている状態なのかもよか分かってなかった。子供なんてもっと分からないだろうに。眼科の検査って発達してくれたらいいのになと思う。 いまだに目に風を吹きかけられるのは苦手。毎回びくっっとしてしまう。赤い気球も見てきた。 最近読んだもの 春の夢を走る君へ 1...

思考までトレーニング

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あんまり書かなくていいか、と思うとき、筋トレの影響なんじゃないかと考える。筋トレをすると精神が安定するらしい。 筋トレ(といいつつストレッチだけど)は楽しい。そして生活習慣が良くなる。夜に筋トレをやるとすると、飲酒は控えておこうと思うようになる。筋トレをする時間を作るために、家事の時間配分を考える。思考まで健康的になってしまっていいのだろうか。思考ぐらいは、「運動した方がいい!」とかいう他者の価値観に影響されずに自らのものとしてぐちゃぐちゃでありたいけれど。 とはいえ体が変わるというのは、目に見えて、触れて、実感できるのがよい。文章が上手くなるとかよりも全然分かりやすい。文章は書いていても良し悪しの判断がつかないので、挫折しやすい気がする。手軽に感じられる"良し"というのはSNSのいいねのようなもので、反応がないと"悪い"と感じやすい。勝手に生まれる否定の気持ちと戦わねばならない。今はわりと自分のことを自分のために書き残すことを意識しているので、悪くてもいいかと楽しくやっている。話が逸れたけれど、筋トレはひとまず継続することを目標にやっていきたい。 最近読んだもの スキップとローファー 12巻 志磨くんの過去がここまでハッキリしてくると、既刊を読み返したくなった。でも、以前ののらりくらりとした志磨くんを見るのはなんだか辛い気がして、まだ読めていない。 志磨くんの抑え込んできた苦しみに思いを馳せるとともに、志磨くんのお母さんの異常さが身に沁みる。志磨くんのお母さんは、わりとうちの母にも近しいところがある。子供のために頑張ることが当然で、生き甲斐で、それを返してほしいと思っている。志磨くんのお母さんは乱暴に気付かされてしまったけど、うちの母はまだ気付いていないので未だ子供のためにと頑張っている。こういう人種のひとが気付くためには、志磨くんのお母さんくらい乱暴なきっかけでないとだめなのだとも思う。わたしはまだうちの母がかわいそうなので、乱暴にやるのはさすがに申し訳ない。 それから、早く続きが読みたい。なぜ毎回良いところで終わってしまうんだ…。志磨くんが思うよりみつみは志磨くんのことをちゃんと好きだし、志磨くんが素直(?)になる準備もできたよね…? 太陽よりも眩しい星 12巻 旅行中に発売されて、帰りの飛行機の中で読んだ。 神城の目に...