つめ、きらきら
休日、いつもより人の少ない電車に乗り込む。出入り口近くに立って、向かいのお姉さんが本を読む姿をぼんやりと視界に入れた。ふと視線を下に向けると、サンダルから覗く爪がオレンジ色に光っていた。同じようにサンダルを履くわたしの足は、あまりに素だった。
爪に色を塗ることに対して、自意識過剰になっている。そういう色を塗る人なんだ、と思われることが怖い。
元々ピアノを習っていて指の爪を短くしていたこと、仕事柄衛生面的に塗らないでいたことから、ネイルには縁がなかった。たまに休みの日に塗ってみても、なぜか爪がごわごわする気がして、気になって仕方なくなってしまう。そうしたら塗らないでいる方が楽だった。
そんなわたしでも、足の爪なら自我を出してもいいのではないかと思い立った。きっかけは、仕事に疲れ果てて、なんらかの方法で元気を出したいと思ったことだった。手の指は無理でも、足の指が好きな色になっていたらちょっと嬉しい。足だったら、身だしなみ程度として、色が付いていても不思議では無いと思えた。青色にしたり、ラメでぎらぎらにしたり、でもやっぱり人目が気になって薄いピンクにしたり。疲れている時ほど、ちゃんと塗ってお守りにした。
今、OLのような仕事になり、本当なら手の爪も塗ったっていいのに、逆に足にも何も塗らなくなった。それはそれで心の安寧の証なのかもしれない。一方、慣れないパンプスのせいでタコまみれになった足を出すことができず、サンダルを履けなくなっていた。
7月、思い立って足のセルフケアを開始。一時期なんやかんや見た目がひどかったが、ようやく治ってきた。足に合う靴を見つけてから、痛むこともなくなった。合う靴って本当に大事らしい。嬉しくなって、新しくサンダルを買った。元気になったから、ちゃんとオシャレのために足の爪を塗りたい。
最近読んだもの
ただの飯フレです 7巻
なんか少し泣いちゃいそうだった。ひとが存在する数だけ、考え方があること。
うららの「関係性で外見の見え方が変わる」というのは、わたしもわかる。自分の目はとても曖昧で、本来存在している外側をそのまま受け取れているとは思わない。好き、嫌い、なんともない、それぞれのフィルターがかかって見えていると思う。だから、写真を撮っている。わたしの目で見る世界は、あなたはこんな風に見えているんだと伝えるために。カメラはありのまましか写さない気もするけれど、わたしが撮るべき理由があるとしたら、わたしにしか見えない世界があるからだ。
真冬とうららの関係性がもう一歩進んだらいいのに、と期待するのは、作中の周りのひとも、読者も同じかもしれない。だけど、こんなふうに存在する友情があるなら、それもずっと見ていたい。ふたりの決めた関係性がきっと正しい。
イラストの話で言うと、1枚絵に動き出しそうな感情が乗っていて、どれも眺めてしまう。カラーの見開きがとても良かった。部屋に飾りたいくらい。わたしはこのマンガが好きだ。
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