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11月, 2025の投稿を表示しています

トーキョー

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東京の人と話をしていると、どうしても地元を思い出してしまう(一括りにする乱暴さには謝りたい)。このひとたちの見てきた世界とはギャップがあるのだなと思う。最近は、"じゃあ東京に住もう"というよりは、"それなら地方の人にしか分からない役の立ち方があるんじゃないか"と思い始めている。きっと東京に住んでもコンプレックスは埋められず、寂しさがより増すんじゃないだろうか。ここまで頭から離れてくれない地元のことと、残りの人生向き合うしかないんじゃないか。ずっとどこかに逃げたかった気がするけど、そろそろ諦めたい。生まれって怖い。絶対に手放せないものだから。 東京の街は、歩くたびに景色が変わる。あまりに変化が多くて、少し怖い。来るたび新しい場所に行っても、まだまだ見ていないものがある。恐ろしい街。 今日は初めての人に撮ってもらった。たった30分の撮影だったけど、「緑が良い。自然派ですね」と言われて面白かった。佇まいでバレてる。これからは自然派を名乗っていきたい。 (自然派の写真、たくさんある)

これはアンサー(文フリ出店後記)

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楽しかったかと言うと、なんか違うかもしれない。不安だし大変だったし当日は思いの外疲れていたし。でも出てよかった。出てみてよかった。 というか今でも夢だった気がする。全然現実感が無かった。わたし、あそこで本売ってたんかな?日々、データ制作、宣伝、書影撮影、宣伝、お品書きつくって、宣伝、什器を揃えて、布を買って、宣伝、みたいなタスクまみれで着実に毎日が過ぎていく中、本が届いたときに「あ、やばい、この重み、全然減る気がしない…」と不安になった。 昔から見てくれてる人が来てくれるだろうな、という安心感はあった。実際そうだった。こういう関係性って、きっとミスiDがあったから組み上がったものだと思う。これから先、創作仲間や写真友達ができたとしても、ファンという存在はできないような気がしている。かといって、今見てくれてる人たちに、将来的にずっと見ててとは言えない。それぞれ自分のペースで見ててほしい。今だけでも、あなたのなんか楽しい瞬間になれているなら十分嬉しいよ。(来れなかった人も、またきっといつか、会おう) 文フリが終わってから、Twitterやnoteを徘徊している。ちょっとでも本が写り込んでたら嬉しいかもな〜と思ってたら、がっつり書いてくれているものを見つけて嬉しくなった。これは、接触レポみたいだな? 私自身がオタクをやっているので、ちょっとでも楽しい思い出を持って帰って欲しかったし、どうしたらそうなるのか知っているつもりだった。そういうことの答え合わせを読んでいるみたいだった。雨谷の中の人をやっている気持ちなので(外側も出てるんだけど)、ちゃんと雨谷を提供できていたらいいな。 あと単純に、自分のレポが書かれること、めちゃくちゃおもしろい。オタクとして、その気持ちわかる〜!!とも思ったし(特にブースに近づくときの気持ちとか)、その人の目線が出ているのが本当に良い。それらを読んでたら、わたしの書くアイドル接触レポもまとめて本にしてみたいなと思ったりした。他人から読んだらおもしろいかもしれない。別にそのために無理にイベントに行ったりはしないから、いつになるかわからない。1ヶ月したら忘れてるかもしれない。 全然知らない人に買ってもらえたのも嬉しかった。知らない人が試し読みコーナーで見て、写真が良いと言ってくれた。自分の写真に全然自信がないので、知らない人になにか伝える手段になり得...

年末

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年の瀬が近付くと毎年焦る。年末というよりは、年が明けたら歳を取るからだ。 この1年なにをやったんだ?来年はなにをやるのか?という問いが、2倍になってのしかかる気がする。その分気合を入れて目標を立ててみたりするが、1月のなかばでだいたい忘れている。 (ほぼ)正月生まれというのはどちらかと言えば損な気がしていて、誕生日を友達に祝われた経験がほとんど無かった。小学校では、お昼の放送で今日誕生日の人が読み上げられて祝われていたが、長期休みの場合は休み明けにまとめて読み上げられる。誕生日当日に祝われる人が羨ましかった。 中学生になったとき、冬休み期間中に友達に遊びに誘われてプリクラを撮ったら、「誕生日おめでとう」とサプライズで落書きされていた。それが生まれて初めて、誕生日に近い日にちでお祝いされた瞬間だったので、戸惑ってしまい、なにも言えなかった。嬉しかったのに、喜びの表し方を知らなかった。とても申し訳なかったので、それ以来、ちゃんと喜びを伝えることをかなり意識している。 幸いなことに、実家ではちゃんと祝われていた気がする。両親は12月生まれで、クリスマスがあり、年を越して、わたしの誕生日という過密スケジュールの中、そのたびにちゃんとケーキを食べた。今でも誕生日にはケーキを食べないと落ち着かない。クリスマスと誕生日をセットにされなかったのは、珍しく両親の気遣いだったと思う。 そんなこんなで年末は歳を取る前の駆け込みとして、なにかしら制作している気がする。今がいちばん若い自分の姿を残すためにセルフポートレートをしたりとか。今年も写真ぐらい撮ろうかしら。人生、いつなにがあるかわからないから、やれるときに全部やる。文フリが終わったら、考えてみる。 (昔のセルフポートレート。ひとりぐらしの部屋は光の入り方がよかった。)

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子供の頃は鍋が嫌いだった。あんまり覚えていないが、美味しいものがまったく入っていなくて、食べるものがなかった。ちびまる子ちゃんのパッケージの、鍋の締め用ラーメンが導入されてからは、それだけを楽しみに鍋が終わるのを待っていた。母は毎日手料理を作ってくれてその点本当に尊敬しているのだが、なにか美味しかったかと聞かれれば記憶にない。夏の昼食に食べた素麺とか、なぜか家庭内で流行ったたこ焼きとか、そんなぐらいだ。大人になってから、世の中には美味しいものがたくさんあるのだと知った。風味で味わい、ひとつひとつに違いがあること。同じ食べ物にも味の差があること。そういうものを実家の食事で知る術が無かったし、知ることができるような外食をする機会もなかった。田舎だから店がないとえば、それもその通りだと思う。知人に言わせれば、わたしは食育に失敗されているらしい。わたしもそう思う。 外食の豊かさはすごい。美味しいものを知れば、解像度が上がる。わたしは肉が好きだが、肉が食えればいいのではなく、すげーいいお肉と普通に手の届くお肉があるんだと知った。パスタも麺が違うと美味しさが変わるとか、そもそもパスタ自体好きではなかったが、食べてみると理解できることが増えた。実家にいた頃はほとんど外食をしたことがなく、母の味しか知らなかった。だからなんの不満もなかったのだけど、きっと母はいまだに知らない味がたくさんあるんじゃないかと思う。 大学生になって、鍋パと呼ばれるものを何度かやった。他人と複数人でつつく鍋にわりと戸惑いつつ、躊躇いなく入れられるウインナーにさらに困惑した。カルチャーショックとはこのこと。わたしが実家で食べていた鍋にはそんなもの無かったし、普通のお肉すら雀の涙だった気がする。ウインナーを鍋に入れる家庭はよくあるのですか?大学生の文化なのですか? 最近はよく鍋をする。夏も鍋をする。鍋が好きになったからだ。 単純に大人になって野菜のうまみが身に染みるようになったから。大学時代を通してウインナー、もとい好きな食材を入れていいんだと知ったから。スープも好きなものを買って使ってもいいんだと許せたから。 美味しい食事は、過去の自分を許すことから始まる。好きなものを選んで食べていてもいいんだよ。 (鍋の写真はなかった)

大阪のいいところ:クリーニング屋のおばちゃん

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大阪に引っ越してしばらく経つが、よく言われる"人情味"みたいなものには巡り会えていない。なんだか、よそ者なのだと思う。自分自身も異物だと知りながら生活しているから余計にそうだ。そもそも大阪という街が人の寄せ集めの部分はあって、みんなが当たり前に他人。きっと元から住む人でないと、"人情味"の温もりは発せられないのかもしれない。 最近初めて、その温もりの発信源に触れた。クリーニング屋のおばちゃんだ。スーツを着るようになって、クリーニング屋を利用する機会が増えた。仕上がりの良し悪しも分からないのになんだかしっくり来ずジプシーをして3店舗目。お店に入れば明るく挨拶をしてくれて、てきぱきと話かけてくれて、あんまりこの土地に興味がなく見えるだろうに付近のイベントのことをちゃんと教えてくれる。これは商売文句だろうが、「汗抜きはしとく?」と世話を焼いてくれるのもなんだかありがたい。うれしい。これ、わたしが思い描いていた大阪のおばちゃんかもしれない。今はその明るさに触れに行くのも楽しみになっている。もし全然出身地が違ったら申し訳無い、おもしろいけど。 じゃあ、あんたが作ってみろよのドラマをなんとなく流し見した。勝男と鮎美が地元に帰って、顔合わせさせられたり一緒に出かけたりなんなりする回。 お兄ちゃん家族の、子供のことが人生を選べることを大切にしている姿に憧れたり、親が良かれと思って子供に口出しする嫌さをありありと思い出したりした。 あまりにもわたしの身にも覚えがあったので、これって田舎だから起こることなのだろうかと考えたりする。田舎の狭い世界では、親以外の価値観を知る機会が少ない。だから、いつまでも親に背けない、鮎美みたいな人間になることも頷ける(わたしもそうだ)。都会の親も子供を思う気持ちは同じだろうが、子供の目は他の視点も見つけられるんじゃないだろうか。そう勝手に思う。こんな風に思うことも、田舎生まれのコンプレックスだ。 わたしの思考のすべてに親や地元を理由づけることは簡単で、でもそれは逃げだとも言い聞かせて生き続けたい。明るく前向きになれなかった人生のリカバーはつらい。リカバーしきれないから、ずっとこんなことを言っている。 (すすきを見に行ったけど、撮るのが下手でかなしかった)

嫌われたくない

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文フリのことを日々考えている。考えながら、自分を見つめ直している。なんかミスiDのときみたいだな、と思いつつ、文フリってそんなイベントじゃないはずだろうと言い聞かせている。 初めて本を作った。あんまりよく分からないので、気持ち多めの部数にした。他のイベントに出るつもりは今のところ無いので(きっかけがあればやるだろうけれど)、今回きりで売り切りたい気持ちで焦っている。 そうしたら宣伝をしなくてはならず、やってみても宣伝が響かなくて苦しい。そうか、広い海にわたしは不要だったのか、と改めて知る。イベント出店界隈に知り合いなどいないので、知り合いつくることから始めないといけないっぽい。そっか、知り合いがいないと売れないし、宣伝も回らないのか。そのために知り合いをつくらないといけないのか、でも、そうして売るために本を作ったんだっけ? そもそも、知り合いが少ないのは、あんまり人と関わらないようにしているからだ。人と関わって関係を維持し続けることが怖い。嫌われたくないと思っている。嫌われたくないから、最初に関係値を値踏みして、わたしを許してくれそうな人やわたしが一方的に好きでいられる人とだけ、関係を進めている節がある。典型的な狭く深くのタイプだ。浅く続けることに意味が見出せない、きっと、人生には必要なのに。 誰かが自分を待っている感覚もない。宣伝するときの、誰ともない声掛け。それを受け取ってくれる人がいないだろうとずっと思っている。じゃあ無意味だからやりたくないなと思う。広く関係を保てる人だったら、自分の声が届く感じがするのだろうか。逆に、広い問いかけを自分のものとして受け取れる人なのかもしれない。わたしはわたしのことばかりで恥ずかしいな。恥ずかしくても、広くする術がまだわからないな。 今回、ようやく重い腰をあげて作品集を作った。2014年からやっている140字小説の本だ。当時、文章に添えるために撮り下ろした写真たちも一緒に入れたら、宝ものみたいな1冊になった。 140字小説は今はけっこう書いている人がいるけれど、当時誰もやってない中で書き始めて、これがわたしの人生だと誓って始めたものだった。頭にうかぶワンシーンを書き残して作品にしてみたい、その形式にぴったり合うものだった。いちばんよく書いていたときに本を作ったりすればよかったが、知識がなくイベントに出る気持ちもなく、ずっとやっ...

平静を装って生きていく

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文フリの入稿ラッシュが終わって、なんか暇になっている。フリーペーパーも大方できたし、本の帯でも作ろうかと思うくらいの余裕。でも帯でダサくなるのは避けたい。悩む。設営のイメージもついているので、必要な小物を買い揃えるくらいだな。あとは印刷がうまくいってますようにと祈るのみ。 きっとnoteは書いた方がいいんだろうなと思う。流入経路としては、Webカタログ新規とTwitter新規とnote新規がありそうな気配がする。noteはめちゃくちゃ外向けのキラキラ⭐︎した文章を書かないといけない(と勝手に思っている)ので、心が折れそうになる。薄暗い本拠地はここです。 普段から頭の中ではあれこれと文フリまでのスケジュールや設営のイメージを膨らませているときもあるが、仕事中はなに食わぬ顔でパソコンを眺めている。元々定時退社組なので、早く帰ろうとも違和感はない。心では"今日はデータを仕上げて入稿するぞ!!"と意気込んでいても、見た目は淡々と働いている人だと思う。そう思ってるのだけど、ばればれだったらどうしよう。今となっては、オタクに恋は難しいの成海と同じ状況だ。作ってるものは全然違うけど、でも、隠してたいところは似ている。 まだ出来上がってないが、本を作るのは楽しいと思えた。それだけでも収穫だった。紙の選び方、本のサイズ、文字の配置、すべてが自分の世界観になるのだと思えば、1mmも手を抜かずにやりきりたいと思えた。書影を撮るために、これまでカメラを買って写真をやってきたんじゃないかとさえ思える。人生の総集編で走馬灯みたいだ。そんな本を作った。ただ、これを売らねばならぬというプレッシャーは嫌で、自分が万人受けするとも思っていないので余計に嫌になる。 だから、もし次つくることがあるなら、手製本で10冊だけとか、わずかでも心を込めてつくりたい。心通うひとにだけ届けば、それがいい気がしている。 今回も心は届けたいので、おまけをつけたりなんなり用意している。 先日はコスモスを見に行って、先週末はススキを見に行った。Threadsで出会った方が誘ってくれた。わたしはThreadsを出会い系と呼んでいるのだけど(カメラマンとモデルを探すポストばかり流れてくる)、初めて出会えた、きっと唯一の人。文フリが終わったら冬がくるので、「次は桜でも」と言って別れた。本当は冬も撮れたら嬉しいけ...